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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11695号 判決

《住所省略》

原告 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 反町誠一

右訴訟代理人弁護士 神田洋司

同 弘中徹

同 長谷川久二

同 加茂隆康

同 福嶋弘榮

《住所省略》

被告 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人弁護士 森本寛美

右訴訟代理人 関場大資

同 中込秀樹

同 鈴木寛

同 庄垣内譲

同 佐々木雅夫

同 長野勝

同 貫目勝正

同 腰本直治

主文

一  被告は、原告に対し、金三一五七万七六三六円及びこれに対する昭和五〇年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金一〇〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三二五一万五九八九円及びこれに対する昭和五〇年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、各種の損害保険事業を営む株式会社であり、被告は、日本国有鉄道法に基づいて設立された鉄道事業等を行う公法人である。

2  訴外野村証券株式会社(以下「野村証券」という。)は、昭和四九年一二月二四日、被告に対し、別紙目録1記載の有価証券(以下「本件各有価証券」という。)の入った布袋一個(以下「本件小荷物」という。)を、被告広島駅(以下「広島駅」という。)から被告東京駅(以下「東京駅」という。)まで駅渡しの条件で、列車指定(同日一九時二七分広島駅発上り特急あさかぜ一号(以下「本件列車」という。))のうえ、貴重品扱いの小荷物として運送することを委託し、これを引渡した。

3  本件盗難事故発生の状況

(一) 本件小荷物は、昭和四九年一二月二四日午後六時一五分ころ、野村証券広島支店の従業員木本大作(以下「木本」という。)によって、広島駅構内の小荷物取扱所に運ばれ、貴重品扱いとして東京駅まで運送を委託された。

(二) 本件小荷物は、いったん右取扱所内に設置してある貴重品保管箱に保管された。同日午後六時四〇分ころ、訴外広島鉄道荷物株式会社(以下「広島鉄道荷物」という。)の従業員升屋潔(以下「升屋」という。)は、これを右保管箱から取出し、他の貴重品小荷物七個とともに一台の手押車(以下「本件手押車」という。)に載せ、さらに貴重品小荷物以外の小荷物を載せた他の手押車四台とともにこれをトーベアのところまで運んだ。その際、右手押車はシートなどで覆わず、無蓋のままであった。

(三) 升屋は、トーベアのところで、広島鉄道荷物の従業員竹本芳男(以下「竹本」という。)に右五台の手押車を引渡した。竹本は、アルバイト学生四名を指揮して、右五台の手押車を、トーベア及びエレベーターを経て広島駅三番ホーム西側まで運び、本件列車の到着を待っていた。その後、広島鉄道荷物の従業員堀田恒雄(以下「堀田」という。)も、本件列車への小荷物積込み作業に従事すべく、同ホームに来て本件列車の到着を待った。その間、堀田は、同所に貴重品小荷物が合計八個あることを確認している。

(四) 同日午後七時一四分ころ、本件列車が同ホームに到着した。

(五) 本件列車の到着後、堀田及び竹本の両名は、同列車の車掌である住田敏夫(以下「住田」という。)及び有永国夫(以下「有永」という。)の両名とともに、学生アルバイトを指揮して、本件列車への小荷物の積込み作業に当たった。堀田及び竹本らは、本件手押車に積んであった貴重品小荷物を四番目に積込むことにし、本件手押車を本件列車の小荷物積込み口から約一〇メートル離れたホーム上に置いたまま、住田及び有永の両名は列車内で、堀田、竹本及びアルバイト学生全員はホーム上の同積込み口のまわりで、それぞれ小荷物の積込みに当たっていた。他の三台の手押車に積んであった小荷物の積込みが終わったところで、次に本件手押車の貴重品小荷物を積込むことになったが、そのうちの一個を積込んだところで、住田或いは有永が、残りのもう一台の手押車に積んであった原稿小荷物を先に積込むよう指示したので、本件小荷物を含む貴重品小荷物は最後に積込まれた。

なお、当時同ホーム上には、多数の乗降客がいた。

(六) 本件手押車が同ホーム上に置かれ、住田、有永、堀田、竹本及びアルバイト学生が、本件列車の積込み口あたりで、他の手押車に積んであった小荷物の積込みに当たっていたとき、本件小荷物は、江森国雄、渡辺博、菊池真一及び菊池清(以下「江森、渡辺、真一及び清」という。)の四名によって、本件手押車から窃取された(以下「本件盗難事故」という。)。

4  住田及び有永の両名は、被告の被用者であるところ、列車への小荷物の積込み作業の指揮監督をその職務としていた。本件盗難事故の際も、右両名は、堀田、竹本及びアルバイト学生を指図して小荷物の積込みに当たっていた。

5  住田及び有永の両名は、その職務上、列車への小荷物の積込み作業に際しては、貴重品小荷物が盗難にあったりしないよう指揮監督すべき注意義務があるのに、本件盗難事故の際は、本件小荷物を含む貴重品小荷物の積込みを後回しにし、作業員全員を本件列車の小荷物積込み口に配置したまま、みずからはもっぱら列車内にあって積込まれた小荷物の整理作業に当たり、その間、本件手押車は、多数の乗降客のいたホーム上、しかも右積込み口から約一〇メートルも離れた位置に、覆いもかけず、監視者も置かずに放置されていた。江森らの犯行は、右のとおり、本件小荷物に対する監視が全くおろそかになっていたすきをついて敢行されたものであるから、本件盗難事故の発生については、生田及び有永の両名に過失があったといわざるをえない。

したがって、被告は、民法七一五条により、右両名の使用者として、右両名の過失によって発生した本件盗難事故につき、これによって生じた損害を賠償すべき責任を負う。

6  仮に、住田及び有永の両名が、列車への小荷物の積込み作業の指揮監督をその職務とするものでなかったとしても、堀田及び竹本の両名は、次のとおりの事情があるので、民法七一五条にいうところの被告の被用者に他ならない。

(一) 広島鉄道荷物は、被告との間の荷物取扱業務委託契約により、広島駅における小荷物の受託、引渡及び保管並びに小荷物の積卸し、運搬、中継及び仕訳等のすべての荷物取扱業務を行っているが、本来、荷物取扱業務は鉄道事業を行う被告みずから行うべきものであって、被告の便宜上、この業務を取扱うべき部門を別会社で行っているというにすぎない。

(二) 広島鉄道荷物は、右契約のほか被告の定めた諸規程により、次のとおり、事細かく被告の監督に服せしめられている。

(1) 広島鉄道荷物の従業員は、被告の承認を受けた制服等を着用しなければならない。この制服は、被告の職員が着用するものと見分けがつかない。

(2) 広島鉄道荷物は、施設、備品、運搬具及び運搬機器のすべてにわたって、被告のものを無償で使用している。運搬具及び運搬機器については、その使用者に対し、被告の職員に対すると同様の制限がなされているほか、その故障等も被告に報告させている。

(3) 広島鉄道荷物がその業務遂行上必要とする荷物切符類、帳表類等はすべて被告から交付されており、計量器も貸与されている。

(4) 広島鉄道荷物は、被告の定めた諸規程に従って小荷物の取扱をしなければならず、また、広島駅長の指示を受けて、作業計画をたてるほか、同駅長との協定によって、作業順序、作業内容、作業時間及び作業場所についてまで規制されている。協定といっても、実質は被告の定めた内容に一方的に拘束されるにすぎない。

(三) さらに、実際の業務においても、次のとおり、すべての事項にわたって被告の監督の下にある。

(1) 広島駅の総括助役以下小荷物担当の被告職員と広島鉄道荷物の従業員は、同駅構内の同じ部屋で執務している。

(2) 毎朝の点呼は、被告の職員と広島鉄道荷物の従業員が合同して行い、総括助役が直接注意事項を訓示している。

(3) 点呼終了後、小荷物担当助役の主催の下に、被告の職員と広島鉄道荷物の広島営業所長(以下「広島営業所長」という。)以下の管理職とが出席してミーティングが行われ、小荷物の取扱に関する細かい打合わせ、指導がなされている。

(4) 同所長は、広島駅長の行う幹部の点呼に出席し、被告の同駅職員幹部と全く同様に取扱われており、何ら独立性がない。

(5) 広島駅の小荷物担当職員は、指導日誌によって、当日広島鉄道荷物の従業員がどのような業務に従事しているかを完全に把握している。また、収入状況についても、小荷物担当助役が毎日広島鉄道荷物の従業員から直接報告を受けている。

(6) 被告は、荷物業務全般の指導監督のため、総括助役、当務助役等一〇名からの職員を配置し、広島鉄道荷物の従業員と同じ部屋で執務させ、随時駅構内を巡回させ、広島鉄道荷物の従業員による小荷物の運搬、積込み等の作業を監視監督させている。前記(一)の契約上は、被告は必要な指示を広島鉄道荷物又はその代理人たる広島営業所長に対して与えることになっているが、これは有名無実であって、被告は広島鉄道荷物の従業員を直接指揮監督している。

(四) 広島鉄道荷物の幹部は、そのほとんどが被告の元職員であるという人的構成の面から見ても、たとえ被告が広島鉄道荷物に出資していないとしても、広島鉄道荷物の実態は被告の子会社と同視すべきものである。

7  右のとおり、堀田及び竹本の両名は、民法七一五条にいうところの被告の被用者であり、本件列車への小荷物積込作業をその職務としていたところ、その職務を遂行するに当たり、貴重品小荷物が盗難にあったりしないよう留意すべき注意義務があるのに、本件盗難事故の際は、住田及び有永の両名がもっぱら列車内にあって積込まれた小荷物の整理作業に従事するものであることを知りながら、本件小荷物を含む貴重品小荷物の積込みを後回しにし、アルバイト学生全員を本件列車の小荷物積込み口に配置し、みずからも同所において小荷物の積込みに当たり、その間、本件手押車は、多数の乗降客のいたホーム上、しかも右積込み口から約一〇メートルも離れた位置に、覆いもかけず、監視者も置かずに放置されていた。江森らの犯行は、右のとおり、本件小荷物に対する監視が全くおろそかになっていたすきをついて敢行されたものであるから、本件盗難事故の発生については、堀田及び竹本の両名に過失があったといわざるをえない。

したがって、被告は、民法七一五条により、右両名の使用者として、右両名の過失によって発生した本件盗難事故につき、これによって生じた損害を賠償すべき責任を負う。

8  本件各有価証券は、次のとおり、野村証券が別紙目録1の所持人欄記載の各所持人から寄託を受け、これを占有して本社に運送中のものであった。すなわち、

(一) 本件各有価証券のうち、同目録記載の番号1ないし4、14、15の1、23及び24の各有価証券(以下「番号何の有価証券」という。)は、野村証券が、同目録所持人欄記載の各所持人から売却の依頼を受け、売買が成立したので、買受人に引渡すため各所持人から寄託を受けていたものである。

(二) 本件各有価証券のうち、番号5、6、9の1、2、10の1ないし5、11ないし13、15の2、16ないし18、19の2、20、25及び26の各有価証券は、野村証券が、同目録所持人欄記載の各所持人から保管を依頼され、寄託を受けていたものである。

(三) 本件各有価証券のうち、番号7及び8の各有価証券は、野村証券が、同目録所持人欄記載の各所持人から一〇〇〇株券にするための端株買増しの依頼を受け、寄託を受けていたものである。

(四) 本件各有価証券のうち、番号19の1の有価証券は、野村証券が、同目録所持人欄記載の所持人から新券に引換える手続の依頼を受け、寄託を受けていたものである。

(五) 本件各有価証券のうち、番号21及び22の各有価証券は、野村証券が、訴外野村証券投資信託委託販売株式会社から委託された収益金償還金支払事務の処理により、その収益金償還金を支払い、その証券の交付を受けて同社のため占有していたものである。

9  野村証券は、本件盗難事故により次のとおり損害を被った。

(一) 本件各有価証券のうち、右8の(一)ないし(四)の各有価証券は、野村証券が各所持人から寄託を受けていたものであるから、本件盗難事故により、野村証券は、寄託契約上の債務不履行責任を負うこととなり、別紙目録2記載のとおり、各所持人のために同種同量の代替有価証券を購入し、そのため同目録買付代金額欄記載の各金額の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

(二) 本件各有価証券のうち、前記8の(五)の有価証券については、本件盗難事故により、野村証券はその所持を失ったので、別紙目録3記載のとおり、時価相当額の損害を被った。

10  野村証券は、昭和四九年九月三〇日、原告との間で、野村証券を被保険者として、有価証券の運送並びにこれに附随する保管及び作業中に盗難事故によって生ずる損害をてん補することを目的とする運送保険契約を締結した。

11  原告は、昭和五〇年一月八日、野村証券に対し、右運送保険契約に基づき、本件盗難事故により野村証券の被った損害をてん補するため、別紙目録4記載のとおり、保険金として合計金三九六二万一四四五円を支払った。よって、原告は、同日、右金額の限度で、本件各有価証券の証券上の権利及び野村証券が本件各有価証券に関して有する損害賠償請求権を取得した。

なお、番号2及び20の各有価証券については、野村証券が代替有価証券の買付けに支払った金額以上の額の保険金が支払われているが、本件各有価証券全体について過不足計算すると、結局全体として野村証券の損害額を下回る額の保険金が支払われていることになるので、右支払保険金合計金三九六二万一四四五円全額の限度で野村証券の権利が原告に移転したものというべきである。

12(一)  原告は、横浜地方検察庁から、本件各有価証券のうち、番号10の1、2及び16ないし18の各有価証券並びに番号10の3の有価証券のうちの記号・番号わ07 002996 の株券の還付を受け、右各有価証券についての損害を回復した。

(二) 原告は、本件各有価証券のうち、別紙目録5記載の各有価証券について、それぞれ同目録の各公示催告日欄記載の日に公示催告の申立てをし、各除権判決日欄記載の日に除権判決を得て、右各有価証券についての損害を回復した。

なお、原告は、右除権判決を得るために、公示催告費用として金三二万九七五〇円の支払を余儀なくされた。

(三) 本件各有価証券のうち、番号19の2及び20の各有価証券は、本件盗難事故の後、訴外宮村幸佑(以下「宮村」という。)が所持していた。宮村は、本件盗難事故の窃盗犯人とは関係のない第三取得者であり、宮村から右各有価証券を取戻しうべき事情は存しなかったため、原告は、昭和五〇年九月九日、宮村との間で、右各有価証券を売却したうえ、その代金の五五パーセントを宮村が、四五パーセントを原告がそれぞれ取得する旨の示談を成立させ、番号19の2の有価証券を代金一万四五三七円で、番号20の有価証券を代金一〇五一万七三五三円でそれぞれ売却し、原告は、右各代金額の四五パーセントに当たる金六五四二円及び金四七三万二八〇九円を回収し、右各有価証券についての損害の一部を回復した。

(四) 本件各有価証券のうち、番号1ないし4、10の4、5、14及び15の1の各有価証券並びに番号5、6、9の1、10の3及び15の2の各有価証券のうち別紙目録6記載の各有価証券は、訴外丸金証券株式会社(以下「丸金証券」という。)を通じ東京証券取引所において第三者に売却され、転々流通しているためこれを取戻しうべき特段の事情もなく、第三者において善意取得されたことが明らかである。

13  したがって、原告のいまだてん補されない損害額は、前記11の合計金三九六二万一四四五円から、前記12の(一)の還付を受けた分及び同(二)の除権判決を受けた分の各有価証券についての損害額を控除し、これに同(二)の公示催告費用を加算し、さらにこれから同(三)の示談による回収額を減じた合計金三二五六万九九八九円となる(なお、表1は、右の計算関係を一覧表にして示したものである。)。

14  原告は、昭和五〇年一二月一七日、被告に対し、本件盗難事故による損害賠償として金三三五九万三〇四四円を支払うよう催告したが、被告は、今に至るも何らの支払をしない。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害額合計金三二五六万九九八九円のうち、番号22の有価証券についての損害額五万四〇〇〇円を控除した残額である金三二五一万五九八九円及びこれに対する前記14の支払催告の日の翌日である昭和五〇年一二月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、布袋の内容の明細は知らないが、その余の事実は認める。

3  同3の(一)の事実のうち、本件小荷物が広島駅に運ばれた時刻の点は否認し、その余の事実は認める。右時刻は午後六時ころであった。

同3の(二)の事実のうち、升屋が本件小荷物を貴重品保管箱から取出した時刻の点は否認し、その余の事実は認める。右時刻は午後六時三〇分ころであった。

同3の(三)の事実のうち、升屋がトーベアのところで竹本に五台の手押車を引渡したこと、アルバイト学生の人数及び竹本がトーベアを使用したことは否認し、その余の事実は認める。竹本が使ったアルバイト学生の人数は三名であった。

同3の(四)の事実は認める。

同3の(五)の事実のうち、堀田及び竹本の両名が本件列車への小荷物の積込みに当たっていたことは認め、その余の事実は否認する。住田及び有永の両名が本件列車への小荷物の積込み作業に従事したことはないし、アルバイト学生も、手押車五台全部を同ホームに移動した後は次の作業をするため、同ホームを去っており、本件列車への小荷物の積込み作業には当たっていない。本件手押車に積んであった貴重品小荷物は、これを四番目に積込んでいる。また、本件列車は、下関発東京行の全車指定席の寝台特別急行列車であって、荷物車はその最後部に連結されており、その前部は定員が二八名と少ないA寝台車であった。しかも広島駅着が午後七時一四分であったことから、同駅での乗降客は、ほとんどなく、現に、本件事故当時本件列車の小荷物積込み口の付近には、乗降客はいなかった。

同3の(六)の事実のうち、住田、有永及びアルバイト学生が本件列車への小荷物の積込みに当たっていたことは否認し、その余の事実は認める。

4  同4の事実のうち、住田及び有永の両名が被告の被用者であることは認め、その余の事実は否認する。右両名は、広島駅で取卸され又は積込まれる小荷物の受授の確認をその職務とするものであって、積込み作業の指揮監督はその職務の範囲に属さない。本件盗難事故の際も、右両名は、小荷物の積込み作業について、堀田、竹本及びアルバイト学生を指図したりしていない。

5  同5は争う。住田及び有永の両名は、列車への小荷物積込み作業の指揮監督をその職務とするものでない以上、右両名について原告主張のような注意義務が存するはずがない。

6  同6の冒頭部分は争う。堀田及び竹本の両名は、民法七一五条にいうところの被告の被用者には当たらない。

同6の(一)のうち、広島鉄道荷物が、被告との間の荷物取扱業務委託契約により、広島駅におけるすべての荷物取扱業務を行っていることは認め、その余は争う。

同6の(二)の冒頭部分は争う。同6の(二)の(1)ないし(3)の事実は認める。(4)の事実のうち、協定といっても実質は被告の定めた内容に一方的に拘束されるにすぎないとの点は否認し、その余は認める。

同6の(三)の冒頭部分は争う。同6の(三)の(1)の事実は認める。(2)の事実のうち、総括助役が直接注意事項を訓示しているとの事実は否認し、その余は認める。(3)の事実は認め、(4)の事実は否認する。(5)の事実も否認する。業務日誌は、当日出番者と非番者間において、業務引継ぎのために業務上必要な連絡時項を記録するものであって、広島鉄道荷物の従業員がどのような業務に従事したかを記録するものではない。(6)の事実のうち、被告が荷物業務のために広島駅に一〇名の職員を配置していること(ただし、一日の出務者は六名である。)、委託契約上、被告は必要な指示を広島鉄道荷物の代理人に対して与えることになっていることは認め、その余は否認する。

同6の(四)は争う。

7  同7のうち、堀田及び竹本の両名が本件列車への小荷物の積込み作業をその職務としていたことは認め、その余は争う。右両名は、民法七一五条にいうところの被告の被用者ではないし、右両名には、本件盗難事故の発生につき、何らの過失もない。

8  同8の事実は知らない。

9  同9の(一)のうち、野村証券が同8の(一)ないし(四)の各有価証券の寄託者たる所持人のために、代替有価証券を購入し、そのため別紙目録2買付代金額欄記載の各金額を支払ったことは知らない。同9のうち、その余の点は争う。

10  同10の事実は知らない。

11  同11のうち、原告が野村証券に対し別紙目録4記載のとおり保険金として合計金三九六二万一四四五円を支払ったことは知らない。その余の点は争う。

12  同12の事実は知らない。

13  同13は争う。

14  同14の事実は認める。

三  被告の主張

1  堀田及び竹本の両名は、民法七一五条にいうところの被告の被用者には当たらない。

(一) 右両名は、被告とは別個の法人格を有する広島鉄道荷物の従業員であって、右両名と被告との間に雇用関係はない。被告は、広島鉄道荷物の従業員の選任について、これに直接関与しうる立場にはない。

(二) 広島鉄道荷物は、広島駅における荷物取扱業務の一切を被告から受託しており、本件小荷物の取扱も、広島鉄道荷物の業務としてその従業員が実施したものに他ならない。被告と広島鉄道荷物との間の右業務委託は、法的には請負というべきであるから、注文者たる被告において、請負人たる広島鉄道荷物がその仕事につき第三者に加えた損害を賠償するいわれはない。

(三) 被告は、広島鉄道荷物の作業員が行う業務について、これを直接指揮監督する権限もないし、実際の取扱においても、そのようなことは行われていない。すなわち、

(1) 確かに、広島鉄道荷物は、業務委託契約上、被告の定める諸規定類に従って業務を執行しなければならないが、被告において広島鉄道荷物がその業務を執行するにつき遵守すべきものとして定めた諸規程類は、いずれも荷物取扱業務に関する一般的抽象的基準を定めたものにすぎず、広島鉄道荷物における作業のやり方それ自体を指揮監督するという性質のものではない。

(2) 毎朝の点呼は、始業前に広島営業所長又は所長代理が行うものであって、その趣旨・目的は、出番者の出欠を呼名によって確認するとともに、あわせて広島駅小荷物助役等から指示を受けた業務上の必要事項を伝達することにある。

(3) 毎日点呼終了後二〇分くらいにわたって行われる業務連絡改善ミーティングには、被告の広島駅小荷物関係職員全員と広島鉄道荷物の広島営業所長、次長、所長代理及び業務課長等が出席し、その席上、駅側は、輸送関係その他につき委託業務上指示する必要がある事項を広島鉄道荷物側に具体的に指示し、他方、広島鉄道荷物側から要望があるときは、両者でこれを話合い、もって業務の円滑な遂行を図ることとしているが、小荷物助役は、右ミーティングにおける指示の要領を小荷物日誌に記録して翌日の当務助役に引継ぎ、広島営業所長は、右ミーティングにおいて小荷物助役から指示を受けた事項を連絡打合記録簿に記録して、作業員に伝達することにしている。

(4) 被告において、委託業務に関し、広島鉄道荷物に対してとくに指示、伝達を要する事項があるときは、業務委託契約上、広島鉄道荷物又はその代理人である広島営業所長に対して指示、伝達をすべきこととされており、実際の取扱においても、駅側に業務上必要な指示、伝達事項があれば、まず、業務連絡改善ミーティングの席において、あるいは随時、小荷物助役から広島営業所長に対して指示、伝達が行われ、次いで、同所長が点呼等においてこれを広島鉄道荷物の作業員に指示、伝達することになっている。

(5) 広島鉄道荷物は、受託業務を遂行するために、作業責任者を作業現場に常駐させ、作業員を指揮監督させている。

以上の点からすれば、広島鉄道荷物において本件列車への小荷物の積込みをその職務としていた堀田及び竹本の両名に対し、被告が直接具体的な指揮監督をしたことはなく、またそのような権限もなかったことは明らかである。

かくして、堀田及び竹本の両名は、民法七一五条にいうところの被告の被用者には当たらないものというべきである。

2  堀田及び竹本の無過失

(一) 原告の本訴請求は、民法七一五条によって、被告の不法行為責任を追及するものであるところ、同条にいわゆる使用者責任が成立するためには、まず、被用者自身の行為を独立に観察し、それが不法行為の要件を満たしていることが必要である。そして、被用者自身について不法行為が成立するためには、被用者において一般普通人としての注意義務に違反したという事実が存しなければならない。しかしながら、原告が主張するところの貴重品小荷物が盗難にあったりしないよう留意すべき義務は、運送契約上の債務として生ずることはあっても、一般普通人がこれを負担するとは考えられない。けだし、一般普通人において、駅のホーム上にある手押車の積荷を他人が窃取しないよう注意すべき法律上の義務を負担するいわれはないからである。したがって、少くとも不法行為の成立に関する限り、堀田及び竹本の両名にはそもそも運送品の盗難を防止すべき義務など存しなかったのであり、本件盗難事故の発生について右両名に過失がないことは明らかである。

(二) 仮に、右2の(一)の主張が認められず、運送人という立場における注意義務を問擬しうるとしても、次のとおり、堀田及び竹本の両名に過失がなかったことは明らかである。

まず第一に、本件盗難事故は、決して偶発的なものでなく、職業的・常習的窃盗団による組織的・計画的犯行によるものである点に着目すべきである。江森らは、本件以外にも、名古屋、静岡、横浜及び新潟の各駅で、本件と同様の証券窃盗を重ねていたものであるが、その犯行の手口は、いずれも、予め比較的犯行のし易い駅に目星をつけ、犯行の数日前から犯行駅の小荷物取扱状況を集中的に下見し、そのうえで各自の役割分担を入念に定めて計画を練り、さらに賍品の処分についても予め手はずを整えておくというもので、右一連の犯行は、被告の証券輸送の実態、すなわち、証券荷物の荷姿、荷造り、運搬経路、積卸しホーム、輸送列車の発着時刻、積卸し作業の順序などを綿密に調査したうえ組織的・計画的に行われたものであって、本件もこの例に漏れるものではない。

被告は、とくに貴重品小荷物については、それが盗難にあったりしないよう、その受付、切符の発行、保管、運搬及び積込み等につき、一般の小荷物とは異なる厳重な規定を設け、取扱の万全を期していた。すなわち、まず、貴重品については取扱駅を指定することとし、その取扱駅に貴重品運搬箱を備え置き、貴重品に関する業務を取扱うため貴重品取扱者を指定するほか、荷物受授証についても一般小荷物と異なる取扱をすることにしていた。また、貴重品はできるだけ鎖錠又は監視のできる場所に保管し、盗難事故を起こさないよう注意することを定めているほか、保管運搬等については厳重な注意をするよう通達してきた(なお、広島駅では、同駅に備え置かれた貴重品運搬箱が小さ過ぎ、他方あさかぜ一号に積込む貴重品が普通八ないし一〇個ぐらいあったため、これを収容することができず、そこで貴重品についてもこれを一般の手押車に積載し、必ず監視人が付いて積込みまで監視を続けるという方法を採ってきた。)。さらに、被告は、機会あるごとに、係員に対し、現品対照の励行、受授証の別葉書の励行、授受引継ぎの厳正、保管・運搬の厳重注意並びに荷物置場及び荷物車内への係員以外の者の立入禁止等を指示し、その注意を喚起して、末端における取扱に万全を期するよう努力して来た。

そこで、本件盗難事故の際における本件小荷物の取扱について見るに、本件小荷物は受託後いったん保管箱に保管された後、他の貴重品七個とともに一台の手押車に積載され、さらに一般小荷物を積載した手押車四台とともに、トーベア及び荷物運搬専用地下通路を経て、第三ホームに運搬されたが、竹本は、同所で本件列車の到着を待っていた間、貴重品が積載された本件手押車に腰掛けて監視を怠らなかった。その後暫くして本件列車が到着したが、同列車の小荷物積込み口付近は、一般旅客が徘徊するような場所でなく、当時その付近には乗降客はいなかったところ、堀田及び竹本の両名は、小荷物の監視をしつつその積込み作業に従事していたものである。

してみると、右のような状況下にあっては、ホーム上の手押車から小荷物を抜取るという行為は、非常な危険をはらんでいるものといわざるをえず、通常人であるならば敢えてこのような危険を犯すとは到底考えられない。したがって、右のような状況下においては、たとえ運送人としての立場からしても、小荷物が窃取されるということは全く異常の事態であり、これを予見することは不可能であったといわざるをえない。そうである以上、堀田及び竹本の両名にかかる事態を予見したうえでその発生を防止すべき注意義務があったとはいえない。そして、本件のごとく、被告の証券輸送の実態を綿密に調査し、入念に計画を練ったうえで、監視の僅かな間隙に乗じて巧妙に敢行された犯罪については、いかに運送人として要求される注意や予防方法を講じたとしてもこれを防止することはできなかったといわざるをえない。かかる職業的組織的犯罪者にかかれば、いかに高度の警備体制をしいていても、その間隙を狙われることは不可避であり、鉄道のごとき低廉な運賃による大量輸送を使命とする輸送機関において、かかる犯罪からも運送品を守る体制を整えなければ常に過失ありと評価されるというのであれば、到底その使命を達成することはできないのである。

3  物品運送における運送人の契約上の債務不履行責任と不法行為責任の関係については、被告も、いわゆる請求権競合説の立場を是認するものであるが、運送人が無条件に不法行為責任を負うべきものとする原告の主張には、賛同しえない。物品運送において運送品が滅失した場合に、それがどのような態様で生じようとも、常に不法行為責任の成否が問題となる、というのは失当である。運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様において運送品が滅失した場合にのみ、不法行為責任が問題になり、そうでない場合には、債務不履行責任が生ずることはあっても、不法行為責任が問題になる余地はないと解すべきである(この理は、つとに昭和三五年(オ)第一四五六号同三八年一一月五日最高裁判所第三小法廷判決・民集一七巻一一号一五一〇頁が明瞭に判示しているところである。)。そして、右にいう運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様において運送品が滅失する場合とは、正当な受領権限のない第三者に運送品を引渡した場合とか、運送人が運送品を盗取費消し、又は恣にこれを自用に供した場合などをいうのであって、本件のごとく、運送品の積卸し作業中にこれを窃取されるというような事態は、たとえそれがほんの僅かな間隙に乗じて敢行されたものであっても、運送契約の履行過程において通常予想されることであるから、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様による滅失の場合には当たらないというべきである。したがって、本件盗難事故について、被告に不法行為責任が生ずることはありえない。

4  責任制限規定の適用

仮に被告について不法行為責任が認められるとしても、運送人の責任を限定ないし軽減する鉄道営業法(以下「営業法」という。)一一条ノ二及び商法五七八条等の規定は、運送人の不法行為責任にも適用があり、これによってその不法行為責任は制限されると解すべきである。すなわち、これらの規定は、本来(鉄道)運送人の債務不履行責任に関する規定ではあるが、その趣旨・目的とするところは、一方において、運送企業が大量の運送品を頻繁に運送する公共的運輸機関としての性質を有するため、その業務の合理的運営を図る必要があり、他方、できるだけ低廉な運賃をもって公衆の利用に供する必要があることから、運送人に無制限な賠償責任を課することは妥当でなく、その責任原因や賠償額について特別の制限を付し、もって運送企業を保護助長するところにある。そして、いわゆる請求権競合説によれば、同一の事実に基づいて債務不履行責任と不法行為責任とが競合して成立する場合があるところ、もし前記各規定が債務不履行責任にのみ適用され、不法行為責任についてはこれらの規定による責任の限定ないし軽減が認められないとすると、これらの規定の立法目的は全く没却されて無意味に帰することとなるからである。

(一) 営業法上の制限

鉄道による運送については、営業法が商法に優先して適用されるべきところ、営業法一一条ノ二第二項は、高価品を託送する際荷送人が要償額の表示をしない場合には、鉄道運輸規程の定める最高金額を超えて賠償する責任を負わない旨を規定し、これに基づいて定められた鉄道運輸規程七三条は、高価品の最高賠償額は一キログラムまで毎に金四万円と定めている。本件小荷物は有価証券という高価品であり、運送委託の際野村証券は要償額の表示をしなかったから、右規定が適用されるべき場合である。したがって、被告が賠償責任を負う場合の賠償額は、本件小荷物の重量が一一キログラムであるから、金四四万円を最高金額とすることになり、被告はこの金額を超えて賠償する責任を負わない。

(なお、右規定が不法行為責任にも適用されるべきだとする一般的論拠は、先に述べたとおりであるが、この点については、さらに要償額表示制度との関連に着目する必要がある。右制度は、営業法一一条以下に定めるものであるが、その概要は、次のとおりである。すなわち、高価品については、託送の際荷送人が一定の料金を表示料として支払い、当該運送品が減失、毀損又は延着した場合に被るべき損害額を要償額として表示すれば、当該運送品が減失、毀損又は延着した場合、荷主は損害額を証明することなく表示額の賠償を請求できるという制度である。前記規定は、このような要償額表示制度を利用しなかった場合の賠償額制限規定であるが、このような規定が置かれたのは、前述のとおり、高価品であっても運賃が低廉である(本件小荷物の運賃も金一九五〇円にすぎない。)にかかわらず、高価品は盗難等による危険が高く、しかも損害額が巨額にのぼることから、その都度鉄道をして全額の賠償をさせることは適切でないからである。他方、要償額表示制度を利用しさえすれば、(利用については表示料の支払を要するが、その額は表示額金一〇〇〇円まで毎に金一円にすぎない。)損害全額の賠償を請求しうるのである。したがって、これを全体として見れば、要償額表示制度が利用された場合には、損害全額の賠償をするが、右制度が利用されなかった場合には、前記規定による制限賠償額しか賠償しないというのが、鉄道運送の建前として、法が予定するところである。もし要償額の表示がない場合にも、制限賠償額を超えて賠償責任を認めるとすれば、鉄道運送における要償額表示制度の趣旨を没却することになるばかりでなく、被告の運賃制度の根幹に背反する結果となる。)

(二) 商法上の制限

右(一)の賠償額制限規定は、鉄道に悪意又は重大な過失がある場合には適用されないが(営業法一一条ノ二第三項)、仮に本件盗難事故の発生につき被告に重過失があったとしても、その賠償責任は、商法五七八条により制限される(同条は、運送人の故意による損害については適用されないが、重過失による損害については、なお適用を認めるべきである。同法五八一条は、同法五八〇条による責任制限の適用範囲に限界を画するものであって、同法五七八条に関するものと解すべきでない。)。商法五七八条は、高価品については、荷送人が運送委託に当たってその種類及び価額を明告しなければ、運送人は損害賠償の責任を負わない旨定めるが、右価額の明告は、運送人をして賠償する場合の最高額を予知せしめるために通知をするものであるから、運送人が賠償責任を負う場合の賠償額は、荷送人が運送委託に当たって明告した価額を限度とすべきである。本件において、野村証券は、被告に本件小荷物を運送委託するに当たり、品名は証券、価額は金五四〇万円と明告した。したがって、たとえ被告が賠償責任を負うとしても、その額は金五四〇万円を限度とし、この額を超えて賠償責任を負うことはない。

四  原告の反論

1  被告の主張1について

そもそも、民法七一五条にいうところの使用者・被用者に当たるか否かは、単にその間に契約関係があるか否かのみによって判断すべきではない。その実態に着目し、実質的に見て一方が他方を指揮監督して仕事をさせているという関係があれば、そこに同条にいう使用者・被用者の関係を認めうるのである。

被告は、堀田及び竹本の両名が被告の被用者に当たらないことの論拠として、(一)右両名と被告との間に雇用契約関係がないこと、(二)被告と広島鉄道荷物との間の業務委託が請負であること、(三)右両名が被告の直接の指揮監督下にないことを掲げるが、(一)及び(二)の各点がその論拠とならないことは、前述したところから明らかであり、また、(三)の点については、被告と広島鉄道荷物との間の業務委託契約の文言上はともかく、現実には広島鉄道荷物の従業員は被告の直接の指揮監督下にあったものであるから、そもそもその前提を欠くものである。

2(一)  被告の主張2の(一)について

確かに、原告の本訴請求は、被用者自身につき不法行為が成立することを前提とするものではあるが、被用者の注意義務は、その者の置かれた社会的地位を離れて捉えることのできないものである。堀田及び竹本の両名は、運送という業務に従事する者である以上、運送品が盗難にあわないよう注意を払うべきは当然のことである。

(二) 被告の主張2の(二)について

窃盗犯人は、すべて監視者の隙を狙って窃取行為に及ぶのであり、監視者の側で目的物に対し万全の注意を払ってさえいれば、これを窃取されるなどということはない。本件盗難事故の場合も、被告の被用者に証券など狙われるはずがないという気の緩みがあったからこそ、貴重品小荷物に対して何らの注意も払わず、これから目を離し、覆いもかけずに手押車に積んだまま、これをホーム上に放置したがために、江森らに窃取されたものである。被用者において本件小荷物に対しなすべき当然の監視を怠らなかったならば、たとえその犯行が組織的・計画的かつ巧妙であったとしても、これを窃取されるなどという事態は生じなかったはずであり、被用者の過失は明らかである。

また、本件盗難事故発生前にも、各地で同様の証券盗難事件が発生していたにもかかわらず、その運搬は、従前と何ら変わらない方法で行われていた。被告は、貴重品小荷物の盗難事故を防止するために、機会あるごとに係員に対し様々な指示をしてきた旨主張するが、右の点に鑑みるとき、果して現実にそのようなことがなされていたか疑わしい。

仮に被告主張のような指示がなされていたとしても、もしその指示どおりのことが現場で行われていれば、たとえその犯行が組織的・計画的かつ巧妙であっても、本件盗難事故は発生しなかったであろうから、指示したというだけで注意義務を尽したとはいえない。

3  被告の主張3について

(一) 被告は、その引用する最高裁判決が、物品運送における運送人の不法行為責任について、いわゆる折衷説を採ったものと主張するが、誤りである。昭和四三年(オ)五八号同四四年一〇月一七日最高裁判所第二小法廷判決も、被告引用の最高裁判決は、不法行為責任の成立する場合を、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する場合にだけ限定したものではない旨明瞭に判示している。

(二) 仮に被告の主張する折衷説を採ったとしても、運送品が盗取されるといった事態は、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的範囲を著しく逸脱するものであるから、被告に不法行為責任が成立することは明らかである。

4  被告の主張4について

(一) 債務不履行責任と不法行為責任は、それぞれ別個の法律要件と法律効果が定められている異別の請求権であり、一方につき定められた規定が当然他方にも適用されるということはない。判例も、一貫して両請求権の競合を認めつつ、債務不履行責任を規律する契約上の特則は不法行為責任には適用されないとしている。したがって、営業法一一条ノ二及び商法五七八条等、運送契約上の債務不履行責任に関する規定によって、不法行為上の責任を免れることはできない。

そもそも、運送業は今日基盤の安定した企業として発展してきており、むしろ荷送人の方が弱者といえるうえ、保険制度の発達した現在においては、運送上の行為につき損害保険を付して、実際の損害がすべて運送人に帰することを回避することができるのであるから、もはや運送人を特別に保護することは妥当ではなく、判例が一貫してとってきた姿勢は、このような社会の発展に即したものということができる。

(二) 仮に右(一)の主張が認められず、前記各規定が不法行為責任についても適用されるとしても、本件盗難事故は被告の重大な過失によって発生したものというべきであるから、いずれにせよ前記各規定の適用はなく、被告は全損害を賠償すべきである(被告に重大な過失があった場合、営業法上の賠償額制限規定の適用がないことは、同法一一条ノ二第三項によって明らかである。また、被告は、右の場合にもなお商法五七八条の適用があるとするが、同法五八一条の趣旨から、この場合にはもはや同法五七八条の適用がないことは明らかである。)。

(三) 仮に右(二)の主張が認められず、被告に重大な過失ありとは認められないとしても(あるいは、被告主張のとおり、商法五七八条は被告に重大な過失がある場合にも適用されると解されるとしても)、同条の趣旨目的から、被告の賠償額が金五四〇万円に制限されることはないものというべきである。

五  被告の再反論

1  原告の反論3の(一)について

原告引用の昭和四四年一〇月一七日最高裁判決は、直接には契約関係の存しない当事者間における請求についての判断であって、そもそも不法行為責任しか問いえない事例についてのものであるから、債務不履行責任と不法行為責任とが同一人において競合的に成立しうる場合について正面から答えたものとはいえず、本件には適切でない。

2  原告の反論4の(二)について

本件盗難事故は被告の重大な過失によるものであり、したがって営業法一一条ノ二及び商法五七八条は本件に適用されない旨の原告の反論は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実のうち、運送を委託された布袋の内容の明細を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、運送を委託された布袋の中に本件各有価証券が入っていたことは、《証拠省略》により、これを認めることができる。

三  そこで、本件盗難事故発生の状況について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  野村証券広島支店では、顧客から受取った株券その他の証券類は、日曜日と祭日を除く毎日、鉄道を使って東京本社へ送付していた。右送付に当たっては、まず、株券その他の証券類を、株券、債券、利札等に仕訳してそれぞれ小袋に入れ、さらに、これら小袋を、大きさは深さ七一センチメートル、幅四二・五センチメートル、奥行一九センチメートル、色は黄色、表には「野村証券」と黒字で印刷された布製の袋に詰め込み、その口を締めて施錠したうえ、全体を麻縄で十文字に縛って荷造りするが、これを担当する同支店総務課庶務係の木本は、通常、午後六時ころまでに右荷造りを済ましたうえ、これを広島駅まで運搬して、東京駅止め、貴重品扱いで運送委託をしていた。

本件盗難事故が起きた昭和四九年一二月二四日も、木本は、平素の扱いに従って、本件各有価証券を荷造りしたが、本件小荷物の大きさは、およそ縦四〇センチメートル、横幅五〇センチメートル、厚さ二〇センチメートルであった。同人は、同日午後六時一五分か二〇分ころ、これを同駅構内の小荷物取扱所に持参し、請求原因一の2のとおり運送を委託して引渡した。なお、本件小荷物の重量は、一一キロブラムであった(以上の事実のうち、本件盗難事故が昭和四九年一二月二四日に起きたこと、右同日、木本が本件小荷物を広島駅構内の小荷物取扱所に持参して運送委託の手続をとったことは、当事者間に争いがなく、本件小荷物の中に本件各有価証券が含まれていたこと及び右運送委託の内容は、前記二で確定したとおりである。)。

2  貴重品小荷物は、受付後直ちに貴重品保管庫に保管されることになっており、右小荷物取扱所の係員も、木本から本件小荷物の引渡を受けた後、直ちに同所に設置されている貴重品保管庫に入れ、差込みをかけた(以上の事実のうち、本件小荷物が貴重品保管庫に保管されたことは、当事者間に争いがない。)。

3  広島鉄道荷物の小荷物輸送係である升屋の職務は、右小荷物取扱所で受付けた小荷物につき、一般小荷物は、これを行先ごとに仕訳して手押車に載せ、貴重品小荷物は、貴重品保管庫から取出して手押車に載せ、荷物受授証を作成したうえ、小荷物を載せた手押車をトーベア出発点付近まで移動することであった。

本件盗難事故の当日も、升屋は、いつものとおり、午後六時四〇分か四五分ころ、本件列車に積込むべき貴重品小荷物八個(いずれも、証券会社等から運送を委託された証券類の入った布製の袋で、大きさ、重さ、形状ともほぼ本件小荷物と同様のもの)を貴重品保管庫から取出し、一個ずつ現品と対照して荷物受授証にその番号を記入しながら、同保管庫前でこれを一台の手押車に載せ、さらに同じ手押車に本件列車に積込むべきカキの入った一斗缶三個を載せたうえ、これを同所から八メートル程離れたトーベアの出発点付近まで移動した。本件列車に積込むべき他の小荷物一〇〇個についても、同様に他の四台の手押車に載せて(そのうちの三台には、カキの入った一斗缶の残りの分を載せ、もう一台には、原稿その他の指定荷物を載せた。)、これをトーベアの出発点付近まで移動した(以上の事実のうち、右同日、升屋が貴重品保管庫から本件小荷物を取出して、他の貴重品小荷物七個とともに一台の手押車に載せ、さらに貴重品小荷物以外の小荷物を載せた他の手押車四台とともに、これをトーベアのところまで移動したことは、当事者間に争いがない。)。

4  本件小荷物を載せた本件手押車は、金属製の四輪車で、全体が薄緑色に塗装され、長さ一・四メートル、幅〇・九メートル、高さは地上〇・三五メートルの台座の最前部と最後部には、それぞれ台座から高さ〇・七一メートル、幅〇・九メートルの鉄板壁が設けられているが、左右の横面には何らの囲いもなく、上部に蓋をすることができるような構造にはなっていない。右鉄板壁の最上部には取手が付いており、また、そのままトーベアのレールに乗せることができる構造になっている。貴重品小荷物以外の小荷物を載せた他の四台の手押車の形状も、右と同様である。なお、本件盗難事故の当時、右各手押車はシートなどで覆わず、無蓋のままであった(以上の事実のうち、右各手押車はシートなどで覆わず、無蓋のままであったことは、当事者間に争いがない。)。

5  広島鉄道荷物の小荷物輸送係主任代理である堀田及び同小荷物輸送係である竹本の職務は、トーベアの出発点付近に置いてある小荷物積載ずみの手押車をトーベアで一〇〇メートル程運び(トーベアは、途中から除々に坂を下って、荷物専用地下道の北端に達している。)、さらにそこから荷物専用地下道(東西に平行して設けられている第一ないし第四ホームとほぼ直角に交わって南北に走っている。)及び荷物用エレベーターを経て小荷物を積込むべき列車の積込み地点まで運び、そこで荷物車内に居る車掌に小荷物を手渡して、これを積込むことであった。本件盗難事故の当日も、本件列車に積込むべき小荷物については、堀田及び竹本の両名が、アルバイト学生三名を補助に使って、右の職務を行う手筈になっていた。しかしながら、当日は年末で取扱小荷物が非常に多く、多忙を極めたため、堀田及び竹本の両名は、本件列車に積込むべき小荷物を載せた手押車をトーベアにかける仕事はしなかったし、堀田は、さらにこれをホーム上の積込み地点まで運ぶ仕事にも従事しなかった。

竹本が、本件列車に積込むべき小荷物について、右の職務を行おうとしたときには、既に手押車五台は、本件列車の発着する第三ホームに上がる三号機エレベーターの前まで来ていた。そこで、竹本は、アルバイト学生とともに、右五台の手押車を順次第三ホームに上げ(本件手押車は、五番目に上げた。)、午後七時ころまでに、右五台の手押車を本件列車の積込み地点付近まで運んだ。竹本らは、右五台の手押車を、同ホーム上に東西に一列に並べて置いた。すなわち、カキの入った一斗缶を載せた三台の手押車を、一番西側から三台続けて並べ、本件手押車をその次に、原稿その他の指定荷物を載せた手押車を五番目にそれぞれ並べた。右五台の手押車が並べられた付近の同ホームの幅は、ほぼ四メートル弱であり、一番西側の手押車の位置は、同ホーム西端から東へ一四メートル程の地点、本件手押車の位置は、同ホーム西端から東へ二〇メートル程の地点であった。

アルバイト学生は、竹本とともに、右五台の手押車を本件列車の積込み地点付近まで運ぶと、直ちに同ホームを離れ、その後は、竹本が一人残り、本件手押車に腰掛けて、小荷物の監視をしながら、本件列車の到着を待った。竹本は、右五台の手押車のうち四番目の手押車に貴重品小荷物が積まれていたことは、その荷姿から容易に判っていた(以上の事実のうち、堀田及び竹本の両名が広島鉄道荷物の従業員であること、竹本が、アルバイト学生とともに、右五台の手押車をエレベーターを使って第三ホームの西側まで運び、本件列車の到着を待っていたことは、当事者間に争いがない。)。

6  堀田は、他の列車への荷物積込み作業に従事した後、升屋が作成した本件列車に積込むべき小荷物の受授証を中継係から受取り、当日午後七時ころ、第三ホームに上がったところ、既に五台の手押車がホーム上に一列に並べられ、竹本が四番目の手押車に腰掛けて小荷物を監視していた。堀田は、本件手押車に積んである貴重品小荷物の個数を数えたが、受授証記載のとおり八個あった。その際、一個ずつ受授証の番号と現品とを対照することはしなかった。竹本も、個数を数えたところ、確かに八個あった。堀田は、竹本とともに同所に留り、小荷物の監視をしながら、本件列車の到着を待った(以上の事実のうち、竹本が本件列車の到着を待っていたところ、堀田が第三ホームに来て、同じく本件列車の到着を待ったが、その間、貴重品小荷物が合計八個あったことを確認していることは、当事者間に争いがない。)。

7  当日午後七時一〇分ころ、本件列車に広島駅から乗務する荷物関係の専務車掌住田及び有永の両名が第三ホームに上がって来た。堀田は、本件列車に積込むべき貴重品小荷物を指で示し、受授証甲片に住田の受領印を得てこれを受取り、乙片を同人に手渡した(受授証は甲片と乙片とから成っており、甲片には、小荷物の種類別にその個数が記載され、乙片には、貴重品小荷物と指定荷物について切符番号が記載されている。)。その際、住田は、現品と対照することなく、受領印を押したが、このように、現品と対照することなく受領印を押し、現品との対照は、列車への積込みが終わり、荷物車内の整理が済んだ段階で行うことが慣例となっていた。

8  当日午後七時一四分、本件列車は、定刻どおり広島駅第三ホームに到着した。本件列車は、同ホームの北側に、同ホーム東側(東京寄り)を先頭にして、八両編成で入線し、同駅で、その前部に七両が増結された。荷物車は、その最後部に連結され、その直前の車両は、A寝台であった。A寝台には、車両の前寄りの部分にしか乗降口がなく、荷物車に接続している車両の後ろ寄りの部分には、乗降口がなかった。荷物車の荷物積込み口は、車両の前寄りの部分にあり、幅は一メートルで、その位置は、同ホーム西端から東へ一〇メートル程の地点であった(以上の事実のうち、当日午後七時一四分に本件列車が第三ホームに到着したことは、当事者間に争いがない。)。

9  本件列車が到着した当時、同ホーム中央付近には多数の一般乗降客が居たが、同ホーム西寄りの前記五台の手押車が置かれていた付近及び荷物車が停車していた付近には、一般乗降客はほとんど居なかった。しかしながら、同ホーム上に仕切りがあるわけではなく、手押車や荷物車の付近にも、一般乗降客は自由に立入ることができた。

10  本件列車が到着すると、住田は、直ちに最後部の荷物車乗務員室に乗り込み、本件列車に下関駅から乗務してきた車掌と引継を済ませて交替した。堀田及び竹本の両名は、まず、第三ホームの一番西寄りに置かれた手押車を荷物車の荷物積込み口付近まで移動して、荷物積込み口の両側のホーム上に立ち、手押車から小荷物を取上げては、荷物車内に積込んだ。これが終わると、手押車を荷物積込み口から西へ五メートル程の同ホーム中心線付近に、同ホームの南北の端の線とほぼ平行に置いた。二番目及び三番目の手押車についても、同様の作業を行った。次に、四番目の本件手押車を荷物積込み口付近まで移動し、そこに積んであった小荷物を荷物車内に積込み始めたが、カキの入った一斗缶三個と貴重品小荷物三個ぐらいを積込んだところで、住田から五番目の手押車に積んであった原稿を先に積込むように言われたので、堀田及び竹本の両名は、本件手押車をいったん荷物積込み口から西へ二メートル程の地点に移し、五番目の手押車を荷物積込み口付近まで移動して、原稿を先に荷物車内に積込んだ。五番目の手押車の荷物を積み終えると、これを荷物積込み口から南へ一・八メートル程の同ホーム南端寄りの地点に置き、再び本件手押車を荷物積込み口付近に戻して、残った貴重品小荷物を荷物車内に積込んだ。なお、貴重品小荷物を荷物車内に積込んだ際、受授証と現品との対照はしていないし、その個数も確認していない。

堀田及び竹本の両名は、右のとおり、先頭の手押車から順次積込み作業を続けている間は、その作業に専念し、積込み未了の手押車は、前記5において認定した位置に置いたまま、とくに監視者は置かなかった。本件手押車が当初置かれた地点と荷物積込み口との間の距離は、一〇メートル程であった。また、手押車の小荷物を荷物車内に積込むのに要する時間は、手押車一台につき、二、三分であった。

住田及び有永の両名は、小荷物をホームから荷物車内に積込む作業には従事せず、列車到着後は、もっぱら荷物車内にあって、積込まれる小荷物を整理する作業をその職務としていた。当日も、右両名は、もっぱら荷物車内にあって、堀田及び竹本の両名によって積込まれる小荷物を荷物車の奥に引き入れ、これを荷物車内に積み上げて整理する作業に従事していた(以上の事実のうち、堀田及び竹本の両名が本件列車への小荷物積込み作業に従事したことは、当事者間に争いがない。)。

11  本件盗難事故当日の午後七時ころ、江森、渡辺、真一及び清の四名は、広島駅第三ホーム上に居て、前記五台の手押車付近の様子を窺っていた。本件列車が同ホームに到着すると、前記10のとおり、堀田らが本件列車への小荷物の積込み作業を開始したので、江森らは、一般乗降客を装って本件手押車に近付き、その南側に立った。そして、堀田及び竹本の両名が、本件手押車を前記5の当初の位置に置いたまま、他の手押車の小荷物を積込む作業に専念して、本件手押車に対する監視がおろそかになったすきに、清が本件手押車の一番上に置いてあった本件小荷物を素早く取上げ、これを真一が持っていた袋に入れた。江森らは、直ちにその場を離れ、本件小荷物の入った袋を持ったまま、一般乗降客を装って同ホームを東進し、同ホーム中央付近の階段を降り、地下道を通って同駅を出た。

堀田、竹本、住田及び有永は、いずれも江森らによる本件小荷物窃取の現場を見ておらず、本件手押車付近に江森らが居たことにも気付いていない。また、積込みの際、貴重品小荷物が一個足りないことにも気付かなかった(以上の事実のうち、堀田及び竹本の両名が他の手押車に積んであった小荷物の積込みに当たっていたとき、本件小荷物が江森らによって窃取されたことは、当事者間に争いがない。)。

12  前記10のとおり、堀田及び竹本の両名は、前記五台の手押車に積んであった小荷物を本件列車に積み終わり(ただし、本件小荷物は、前記11のとおり、本件列車に積込まれる前に江森らによって窃取されたので、結局、本件列車には積込まれなかった。)、本件列車は、当日午後七時二七分、定刻どおり広島駅第三ホームを発車した。

当日午後九時四五分ころ、住田は、本件列車の荷物車内で、貴重品小荷物につき受授証と現品とを対照し、はじめて本件小荷物が本件列車に積込まれていないことに気が付いた。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

四  原告は、まず、請求原因4及び5において、被告の被用者である住田及び有永の両名は、列車への小荷物積込み作業の指揮監督をその職務とし、本件盗難事故の際も、右職務を執行していたところ、右両名の指揮監督上の過失により、本件盗難事故が発生したと主張する。

そこで右の点について判断するに、住田及び有永の両名が被告の被用者であることは当事者間に争いがないが、右両名が本件列車への小荷物積込み作業の指揮監督をその職務とし、本件盗難事故の際も右職務を執行していたとの点は、これを認めるに足りる証拠がない。かえって、広島駅においては、被告と広島鉄道荷物との間の荷物取扱業務委託契約に基づき、広島鉄道荷物が小荷物の受託、引渡及び保管並びに積卸し等荷物取扱業務の一切を行っていることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、右業務の実施につき被告において指示の必要があるときは、必ず広島駅長又は小荷物総括助役が広島鉄道荷物の広島営業所長に指示する体制が採られていて、被告の小荷物業務を担当する個々の職員が直接広島鉄道荷物の個々の作業員に指示することは行われていなかったことが認められ、また、現に、本件小荷物についても、その受付から積込みまでの作業一切はもっぱら広島鉄道荷物の従業員が行っており、住田及び有永の両名は、既に本件列車へ積込むべき小荷物を載せた手押車がホームに運ばれ、積込みの準備が整った段階で、ホームに上がって来たにすぎず、本件列車が到着するや、直ちに荷物車内に乗込み、その後はもっぱら荷物車内にあって、堀田及び竹本の両名によって荷物車内に積込まれた小荷物を整理する作業に専念していたことは、前記三で認定したとおりである。

確かに、前記三の10で認定したとおり、住田は、堀田及び竹本の両名が本件手押車の小荷物を積込んでいた時、その中途で、右両名に対し、五番目の手押車に積んであった原稿を先に積込むように言っているけれども、これは、荷物車内に積込まれた小荷物を整理すべき車掌としての立場からの単なる要望にすぎないというべきであるから、住田の右言動をもって原告の前記主張を裏付ける事情とみることはできない。

のみならず、以上の事実を総合すれば、事態を外形的、客観的にみても、列車への小荷物積込み作業を指揮監督することが、住田及び有永の両名の職務範囲に属するものということはできない。

そうすると、原告が請求原因4及び5において主張するところは、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  次に、原告は、請求原因6及び7において、堀田及び竹本の両名が民法七一五条にいうところの被告の被用者に当たるとしたうえ、右両名は、列車への小荷物積込み作業をその職務とし、本件盗難事故の際も、右職務を執行していたところ、右両名の職務上の過失により本件盗難事故が発生したと主張する。

そこで、まず、右両名の被用者性について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  広島駅においては、被告は、広島鉄道荷物との間で、小荷物の受託、引渡及び保管並びに積卸し等、荷物取扱作業の一切を広島鉄道荷物に委託する旨の荷物取扱業務委託契約を締結し、これに基づき、広島鉄道荷物をして右業務の一切を行わせている(以上の事実は、前記四で確定したとおり。)。堀田及び竹本の両名は、広島鉄道荷物の従業員である(この事実は、前記三の5で確定したとおり。)。

2(一)  業務委託契約には、次の定めがある。

(1) 広島鉄道荷物は、同契約の定めるところに従うほか、被告の定める諸規程類に従って委託業務を遂行しなければならない。

(2) 被告及び被告の指定する職員は、委託業務の遂行につき指示の必要があるときは、広島鉄道荷物又はその代理人に対して指示することができ、広島鉄道荷物及びその代理人は、右指示に従わなければならない(ここに被告の指定する職員とは、広島駅長及び小荷物総括助役を指し、広島鉄道荷物の代理人とは、広島営業所長を指す。)(以上の事実のうち、業務委託契約上、被告は必要な指示を広島鉄道荷物の代理人に対して与えることになっていることは、当事者間に争いがない。)。

(3) 広島鉄道荷物の従業員は、被告の書面による承諾を受けた制服又は腕章を着用しなければならない。

(4) 広島鉄道荷物は、広島駅長の指示を受けて、作業計画を立てる。

(5) 被告は、広島鉄道荷物に、委託業務の遂行上必要な施設及び備品類を無料で使用させる。

(6) 被告は、委託業務に必要な運搬具及び運搬用機器を無料で使用させる。

(7) 委託業務の遂行上必要な荷物切符類及び帳表類は、被告においてこれを調整したうえ、広島鉄道荷物に対して交付する。

(8) 被告は、広島鉄道荷物に対し、委託業務の遂行上必要な計量器を無料で貸与する。

(9) 広島鉄道荷物は、広島駅長との間で、作業順序、作業内容その他委託業務の処理につき必要とされる事項について、予め協定し、協定書を取り交す。

(10) 広島鉄道荷物は、業務組織の変更その他広島駅長の指定する事項があるときは、直ちに駅長にその旨届出なければならない。

(二)  被告の定める諸規程類のうち、広島鉄道荷物が行う委託業務に関連があって、広島鉄道荷物がこれを遂行するうえで遵守することを要するものとしては、荷物営業規則、荷物営業取扱基準規程、広島鉄道管理局荷物営業取扱基準規程等がある。

(三)  広島鉄道荷物は、広島駅長との間で、右(一)の(9)の定めに基づき、荷物取扱業務委託に伴う協定を取り交している。右協定には、次の定めがある。

(1) 作業内容及び作業順序は、別に定める作業ダイヤ及び作業内規等による。広島鉄道荷物は、作業ダイヤ及び作業内規の作成に当たり、広島駅長と協議する。

(2) 広島鉄道荷物は、広島駅長の主催する業務上の会合に出席する。広島鉄道荷物の点呼には、広島駅長又は同人の指定した職員を出席させる。

(四)  右(三)の(1)の作業内規としては、広島駅小荷物総括助役が定めた荷物取扱基準があり、委託業務全般について、留意すべき事項を細かく規定している。

3(一)  前記2の(三)の協定の原案は、被告の広島鉄道管理局が作成しており、同管理局は、これに基づいて広島駅長を指導し、右原案に沿った協定を広島鉄道荷物との間で締結させた。

(二)  同(三)の(1)の作業ダイヤは、広島営業所長が作成するが、その内容については、広島駅長の許可を得ることになっている。広島駅長は、正常な業務遂行に支障がないようこれをチェックしたうえ、許可を与える。その際、同管理局にもこれを提出して、指示を受けている。作業ダイヤには、誰がどの時間帯にどのような内容の作業をするかが、詳細にわたって明示されている。

4  広島鉄道荷物の委託業務遂行の実際は、次のとおりである。

(一)  業務委託契約には、前記2の(一)のとおりの定めがあるが、業務遂行の実際においても、同(一)の(1)、(3)及び(5)ないし(8)の定めのとおり行われている。広島鉄道荷物の従業員が着用する制服は、被告の職員が着用するそれと見分けがつかない(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

(二)  被告の小荷物関係の職員と、広島鉄道荷物の従業員は、広島駅構内の小荷物事務室を共同で使用しているが、その間に衝立てのようなものはなく、高さ一メートル程の背の低い書類ロッカーで区切られているにすぎない。

(三)  毎朝、午前八時三〇分から約一〇分間、広島駅構内の輸送詰所において、広島鉄道荷物の主催で前記2の(三)の(2)の点呼が行われる。点呼は、広島営業所長又は所長代理が執行する。点呼には、当日の作業に当たる広島鉄道荷物の作業員が出席し、その数は三〇名前後になる。広島駅の側からも、小荷物総括助役、当務助役、その他当日出番の小荷物関係職員が出席し、その数は六、七名である。点呼では、まず、広島鉄道荷物の当日出番の作業員につき出欠状況が確認された後、作業員に対し、当日の作業について所要事項が口頭で伝達される。なお、小荷物総括助役が、点呼において、広島鉄道荷物の作業員に対し、直接口頭で指示や伝達をすることもある(以上の事実のうち、毎朝点呼が行われることは、当事者間に争いがない。)。

(四)  毎朝、点呼終了後、午前八時四〇分ころから約二〇分間、小荷物事務室において、前記2の(三)の(2)の広島駅長が主催する業務上の会合として、業務連絡改善ミーティング(以下「ミーティング」という。)が行われる。ミーティングには、小荷物総括助役、当務助役、その他当日出番小荷物関係職員が出席し、その数は六、七名である。広島鉄道荷物の側からも、広島営業所長、副所長、業務課長、庶務課長及び所長代理という管理職員が出席する。ミーティングの司会は、前日宿直した当務助役が担当する。ミーティングにおいては、広島駅の側から、広島鉄道荷物に対し、委託業務全般につき必要な指示が具体的にされるとともに、列車ダイヤの変更等業務遂行に関係のある必要事項が伝達され、その他業務運営上注意すべき点や改善すべき点などが具体的に示される。この席上、広島鉄道荷物の側からは、要望事項があれば、これを議題として提出し、その点について両者間で話合いが行われる(以上の事実のうち、点呼終了後、被告の職員と広島鉄道荷物の管理職員とが出席してミーティングが行われることは、当事者間に争いがない。)。

広島営業所長は、ミーティングにおいて問題となった指示事項や伝達事項等を記録簿に記録し、これを管理職員に回覧して、その徹底を期している。広島駅の側も、ミーティングにおいて問題となった事項については、営業係がこれを指導日誌に記録している。

(五)  ミーティングで問題とされた指示事項や伝達事項等は、緊急を要するものを除き、通常は、翌日以降の点呼の席上で伝えられる。点呼に出席する被告の職員は、ミーティングで問題とされた指示事項や伝達事項等が作業員に確実に伝えられているかどうかを確認する。

(六)  委託業務について広島駅の側から広島鉄道荷物に対して指示や伝達等の必要があるときは、まず、ミーティングの席上で、広島営業所長に対し、指示事項や伝達事項等を伝え、これを受けた広島営業所長が、翌日以降の点呼において、これを広島鉄道荷物の作業員に伝えるというのが通常の方法である。しかし、緊急を要する場合は、書面又は口頭により、指示事項や伝達事項を広島営業所長に伝え、同人が即刻各作業現場に書面を回すなどして、適宜作業員への周知徹底を図ることもある。

いずれにせよ、委託業務についての指示や伝達は、広島駅長又は小荷物総括助役から広島営業所長に対して行われるという体制が採られており、被告の小荷物担当の職員が、直接、広島鉄道荷物の個々の作業員に対してこれを行うことはない(この事実は、前記四で認定したとおりである。)。

(七)  委託業務に関係のある通達等が出されると、広島駅では、これをミーティングの席などで問題にし、広島鉄道荷物に対し、その趣旨に沿った指示や要望を出す。現に、本件盗難事故以前に、これと同様の事故が発生した際も、貴重品の取扱に厳正を期するよう通達が出されたが、これも即刻広島営業所長に伝えられた。その際、広島営業所長は、広島駅側の求めに応じて、小荷物総括助役に対し、貴重品の取扱状況について報告している。

以上の事実に基づいて検討すると、確かに、広島駅においては、荷物取扱業務の一切が広島鉄道荷物に委託されており、堀田及び竹本の両名は、この広島鉄道荷物の従業員であって、被告との間には何らの雇用契約関係も存しない。しかしながら、被告は、顧客から荷物の運送委託を受けるが、これに基づく業務の一部である広島駅における荷物取扱業務を広島鉄道荷物に委託しているわけであり、被告と堀田及び竹本の両名は、いわば元請負人と下請負人の被用者という関係に立つと解される。このような場合、下請負人の被用者がした不法行為については、元請負人の指揮監督が、直接又は間接に、当該下請負人の被用者に及んでいるかぎり、元請負人は、民法七一五条にいう使用者として賠償責任を負うと解するのが相当である。したがって、被告が、堀田及び竹本両名の過失によって生じた損害につき、民法七一五条にいう使用者として賠償責任を負うか否かについては、さらに、本件小荷物積込み作業について、被告の実質的な指揮監督が、直接又は間接に、右両名に及んでいたか否かにつき判断しなければならない。

そこで、さらにこの点について検討すると、広島鉄道荷物の作業員は、荷物取扱作業につき、被告の定める諸規程類に従わなければならず、また、作業内容や作業手順にしても、被告の意向に従って定められているのが実情であり、さらに作業についての具体的な指示も広島鉄道荷物の個々の作業員に対し直接行われることはないが、ミーティングの席上における広島営業所長への指示及び翌日以降の点呼における広島営業所長又は所長代理から作業員への右指示の伝達等の方法で、広島鉄道荷物の作業員になされている。そして、本件小荷物積込み作業は、広島鉄道荷物の行う荷物取扱作業の一環として行われたものであるから、結局、堀田及び竹本の両名による本件小荷物積込み作業については、少くとも間接に、被告の指揮監督が及んでいたものというべきである。

ところで、前記三で認定したところから明らかなとおり、本件小荷物積込み作業は、直接的には、右両名の広島鉄道荷物の従業員としての職務執行であるけれども、右職務を行うについては、少くとも間接に被告の指揮監督が及んでいたのであるから、民法七一五条の適用に関する限り、右作業は、被告の事業の執行としての側面をもつということができる。

六  そこで、さらに進んで、本件盗難事故が、堀田及び竹本両名の過失によって発生したものか否かについて判断する。

前記三で認定した本件盗難事故発生の状況に基づいて検討すると、まず、本件小荷物は、その大きさ、重さ及び形状等、から容易に人が持ち運ぶことのできるものであったところ、無蓋で、しかも横面には何らの囲いもない手押車に、シートなどによる覆いもせずに載せられ、一般乗降客が自由に立入ることのできるホーム上に置かれていた。しかも、本件列車の停車時間は、わずか一三分間にすぎず、その間に手押車五台に載せられた一一一個の小荷物を荷物車内に積込まなければならなかったため、堀田及び竹本の両名は、もっぱら荷物車の荷物積込み口の両脇に立って、小荷物を荷物車内に積込む作業に専念せざるを得ない状況にあり(車掌は、小荷物をホームから荷物車内に積込む作業には従事せず、列車到着後は、もっぱら荷物車内に入って、積込まれる小荷物を整理する作業をその職務としていた。)、手押車を荷物積込み口から離れた所に置いておくときは、必然的にこれに対する監視はおろそかにならざるを得なかった。その結果、右両名が他の手押車の小荷物を荷物車内に積込む作業に専念している間に、一般乗降客を装って本件手押車に近付き、そこに積載されていた本件小荷物を窃取することは、十分に可能であったのであり、本件盗難事故の発生は、容易に予見できたところといわざるをえない。そして、そのような事態は、列車の到着後直ちに本件手押車に積んであった貴重品小荷物を荷物車内に積込んでしまうか、あるいは、積込みは後回しにしても、すみやかに本件手押車を荷物積込み口付近に移動し、右両名の目が届く範囲内に置く等の措置を採れば、容易にその発生を回避することができたものということができる。他方、右両名は、本件手押車に貴重品小荷物が積載されていたことは十分認識していたわけだから、貴重品小荷物の運搬及び積込み作業に従事する者としては、本件手押車の貴重品小荷物を一番先に積込むか、あるいは、本件手押車を自己の目が届く範囲内に移動したうえで積込み作業に従事する等適宜の措置を採ることによって、盗難事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。しかるに、右両名は、本件手押車を荷物積込み口から一〇メートルも離れた地点に放置したまま、もっぱら荷物積込み口の両脇に立って、他の手押車の小荷物の積込み作業に専念し、本件小荷物に対する監視がおろそかになっていたすきに、これを窃取されたのであるから、本件盗難事故は、右両名の過失によって発生したものといわざるをえない。まして、《証拠省略》を総合すれば、荷扱作業基準には、貴重品の取扱及び監視については特に注意すべき旨の定めがあり、広島営業所長の定めた貴重品取扱作業点検要領には、貴重品の盗難防止のために留意すべき事項が多項目にわたって定められており、また、点呼においては、広島鉄道荷物の作業員に対し、本件盗難事故と同様の事故が他の駅で発生したことが伝えられ、本件盗難事故発生前二か月程の間にも、貴重品の取扱を厳重にするようにとの注意が繰り返しなされていたことが認められ、これらの事実に照らすと、堀田及び竹本両名の過失は、決して軽いものとはいえない。

右の点に関して、被告は、まず、不法行為が成立するためには、一般普通人として負担する注意義務に違反したことを要するところ、一般普通人には、ホーム上の手押車に積んである小荷物が盗難にあわないように注意すべき法律上の義務などあろうはずがなく、したがって、堀田及び竹本の両名には、そもそも小荷物の盗難を防止すべき注意義務などなかったのであって、右両名には過失がない旨主張する。確かに、不法行為の成否については、通常人を基準にして、これに要求される程度の注意義務を前提に、その懈怠の有無を判断することになるけれども、ここに通常人とは、あくまで特定の社会的地位に置かれたそれを意味するのであって、その者の従事する業務を離れて抽象的に注意義務を論ずることはできない。すなわち、行為者が置かれていたのと同様の立場、状況に通常人を置いてみて、そのような場合、通常人にどの程度の注意義務を要求すべきかを考えるのである。そうすると、先に述べたとおり、堀田及び竹本の両名は、小荷物の運搬及び積込み作業に従事する立場にあったのであり、そのような業務に従事する者には、やはり小荷物が盗難にあわないように注意すべきことが要求されるといわざるをえないから、この点に関する被告の主張は、採用できない。

次に、被告は、本件盗難事故は、職業的・常習的窃盗団による組織的・計画的犯行によるものであって、このような犯罪者の手にかかれば、どのように高度な注意義務を尽したとしても、盗難事故の発生を回避することはできない旨主張する。確かに、関係各証拠によれば、江森らは、本件盗難事故と同様の犯罪を被告の他の駅でも実行しており、本件盗難事故も、入念に下見をし、計画を練ったうえで敢行されたことが認められるけれども、いかに組織的、計画的かつ巧妙な犯行であったとはいえ、先に述べたとおり、本件盗難事故は、堀田及び竹本の両名が、貴重品小荷物の取扱につき当然払うべき注意義務を遵守していれば、容易にその発生を防止することができたのであるから、被告の右主張は理由がない。

さらに、被告は、物品運送の過程において運送品が滅失した場合、運送人の不法行為責任が問題となるのは、運送品の取扱上通常予想される事態ではなく、契約本来の目的範囲を著しく逸脱する態様において運送品が滅失した場合に限られるところ、本件盗難事故は、右の場合に当たらないから、本件盗難事故について、被告に不法行為責任が生ずる余地はない旨主張する。しかしながら、右の場合運送人が不法行為責任を負担するのは、被告主張の場合に限定されるものと解すべきではないから(昭和四三年(オ)第五八号同四四年一〇月一七日最高裁判所第二小法廷判決参照)、被告の右主張も、採用できない。

以上のとおりであるから、被告は、民法七一五条により、本件盗難事故によって生じた損害につき、これを賠償すべき義務を負う。

七  そこで、次に、被告が賠償すべき損害の範囲及び額について判断する。

この点に関し、被告は、不法行為責任についても、鉄道営業法一一条ノ二又は商法五七八条の規定は適用されるべく、本件についても、これらの規定によって被告の責任は制限され、金四四万円又は金五四〇万円を超えて賠償責任を負うことはない旨主張する。しかしながら、これらの規定は、いずれも運送人の運送契約に基づく債務不履行責任に関するものであって、運送人に対する不法行為による損害賠償請求については、その適用がないと解するのが相当である(前掲最高裁判決参照。被告は、右判決は、そもそも不法行為責任しか問いえない事案について判断を示したものであるから、本件には適切でない旨主張する。確かに、同判決は、債務不履行責任を問いえない当事者間における請求を対象とするものではあるが、他方、同判決は、直接の契約関係があり、したがって債務不履行責任をも問い得る運送人についても、これに対する不法行為による損害賠償請求には、運送契約に基づく債務不履行責任に関する規定は適用がない旨明瞭に判示しているのであって、同判決が、債務不履行責任と不法行為責任とが競合する場合には、別異の結論を採るべきものと考えているとは、到底解することができない。)。したがって、本件については、これらの規定の適用を問題とする余地はなく、被告の右主張は、採用できない。

そうすると、被告は、これらの規定とはかかわりなく、本件盗難事故と相当因果の関係に立つ損害を賠償しなければならない。

そこで、以下順次検討していくことにする。

1  請求原因8の(一)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができ、同8の(二)のうち、別紙目録1記載の番号26の有価証券に関する部分を除くその余の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができ、同8の(三)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができ、同8の(四)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができる。番号21の有価証券については、《証拠省略》によれば、野村証券は、訴外野村証券投資信託委託販売株式会社(以下「投資信託」という。)から、第二〇三回野村投資信託について償還金支払事務の委託を受けていたところ、右有価証券の所持人に対して償還金を支払い、同人から証券の交付を受けてこれを占有していたことが認められる。番号26の有価証券については、野村証券がいかなる法的地位においてこれを占有していたのかを明らかにするに足りる証拠はない(なお、番号22の有価証券は、本訴において、本件盗難事故による損害賠償請求の対象とされていないので、以下、右有価証券に関しては、判断を加えない。)。

2  以上のとおり、野村証券は、番号21、22及び26の各有価証券を除くその余の本件各有価証券(以下「番号21、22及び26以外の本件各有価証券」という。)について、寄託契約上受寄者の地位にあったことが認められるところ、《証拠省略》によれば、野村証券は、番号21、22及び26以外の本件各有価証券が本件盗難事故にあったため、寄託契約上の責任をとって、別紙目録2記載のとおり、同目録約定日欄記載の日に、各所持人のために番号21、22及び26以外の本件各有価証券と同種同量の代替有価証券を他の証券会社を通じて買付け、そのため、同目録買付代金額欄記載の各金額(ただし、番号4の有価証券の代替有価証券の買付代金額は、金一二九七万五〇〇〇円である。)を支払ったこと(右のとおり、野村証券は、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の代替有価証券を、昭和四九年一二月二六日と二七日の両日に、他の証券会社を通じて買付けたのであるから、右各買付代金額は、本件盗難事故と極めて近接した時点における公正な市場価格によったものと推認することができる。)、このように、証券会社が顧客から証券の寄託を受けていた場合に、これを喪失したときは、証券会社が、寄託契約上の責任をとって、顧客のために同種同量の代替証券を買付けることは、証券取引上通常行われているところであることが認められる。

そうすると、野村証券がした右各買付代金の支払は、本件盗難事故によって社会通念上通常発生すべき損害というべきであるから、本件盗難事故と相当因果関係に立つ損害ということができる(なお、原告は、番号4の有価証券が盗難にあったことによって生じた損害の額は、金一三九四万八七五〇円である旨主張する。しかしながら、先に認定したとおり、右有価証券の代替有価証券の買付代金額は、金一二九七万五〇〇〇円であって、《証拠省略》によれば、原告主張の金額は、右買付代金額に五〇〇〇株の配当金一九万一二五〇円及び無償株二五〇〇株の買付代金七八万二五〇〇円を加算したものであることが認められるところ、右買付代金以外の金員の支払が本件盗難事故と相当因果関係に立つ損害であることを認めるに足りる証拠はない。)。

ところで、株券等の有価証券については、その所持が失われたからといって、直ちに証券上の権利が失われるわけではなく、本件においても、番号21、22及び26以外の本件各有価証券が本件盗難事故にあったからといって、当然に証券上の権利は失われない。他方、野村証券は、寄託契約上の責任をとって、番号21、22及び26以外の本件各有価証券と同種同量の代替有価証券を寄託者のために買付けたのであるから、受寄物の価額全部を賠償したことになるというべきであり、したがって、野村証券は、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の証券上の権利を当然に代位取得した。そうすると、野村証券は、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の代替有価証券を買付けたことにより、代金の支払という損害を被ると同時に、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の証券上の権利を取得するという利益を得たわけであって、右買付代金の支払をもって損害とし、その賠償を請求する際に、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の証券上の権利を取得したことによって得られる利益を控除すべきである。しかしながら、野村証券は、番号21、22及び26以外の本件各有価証券の所持を失っているから、その証券上の権利を取得したとはいっても、証券が善意かつ重大な過失のない第三者の手中に帰すれば、その権利は失われ、前記控除すべき利益はないことになる。また、そのような第三者の手中に帰したことが明らかにならないまでも、その蓋然性が高いときは、法律的にはともかく、社会的にはもはやその権利を喪失したのと同視し得るから、このような場合も、右損益相殺に関する限り、権利を喪失した場合と同様に扱うことが許されると解すべきである。そうすると、本件において右買付代金相当額の賠償を請求できるか否かについては、さらに、野村証券において、その後番号21、22及び26以外の本件各有価証券の証券上の権利を喪失したと認めるべき事情が存するか否かについて判断を加えなければならない。

また、番号21の有価証券については、野村証券がその所持を失ったからといって、直ちに投資信託からその所持人に対して支払った償還金と同額の金員の支払を受ける権利を失うわけではないので、当然には、右金員の支払を受けられなくなったことをもって損害としてその賠償を請求することはできない。したがって、番号21の有価証券についても、さらに、野村証券において、その証券上の権利を喪失したと認めるべき事情が存するか否かについて判断を加えなければならない。

3  そこで、さらに進んで、右の点について検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、請求原因12の(一)の事実を認めることができる。

(二)  《証拠省略》によれば、野村証券は、請求原因12の(二)記載の各有価証券並びに番号19の2、20及び26の各有価証券について、公示催告の申立てをしたこと、同12の(二)記載の各有価証券については、別紙目録5の各除権判決日欄記載の日に除権判決を得て、右各有価証券についての損害を回復したこと、他の有価証券については、公示催告の申立てを取下げたこと、右公示催告の費用として合計金三二万九七五〇円を支払ったことが認められる。

ところで、《証拠省略》によれば、有価証券が盗難にあった場合、公示催告の申立てをすることは通常行われているところであると認められるから、その費用の支払は、本件盗難事故によって社会通念上通常発生すべき損害というべきであり、したがって、野村証券は、右金員の賠償を請求することができる。

(三)  《証拠省略》によれば、請求原因12の(三)の事実を認めることができる。

(四)  《証拠省略》によれば、請求原因12の(四)の各有価証券は、訴外アサヒナ商事が所持していたこと、アサヒナ商事は、右各有価証券の売却を丸金証券に委託し、丸金証券は、昭和四九年一二月二五日、右各有価証券を東京証券取引所を通じて公正な市場価格で第三者に売却したこと、丸金証券は、東京証券取引所の正会員であることが認められる。

右事実によれば、右各有価証券は、第三者により善意取得されたものと認めざるを得ない。

4  以上のとおりであるから、野村証券において、番号22及び26以外の本件各有価証券が本件盗難事故にあったことによって生じた損害額は、少くとも、前記2において右各有価証券につき認定した代替有価証券の買付代金相当額(ただし、番号21の有価証券については、支払償還金相当額)の合計額から、前記3の(一)で認定した検察庁から還付を受けた有価証券及び同(二)で認定した除権判決を得た有価証券のそれを控除し、さらに、番号19の2及び20の各有価証券につき同(三)で認定した原告が取得した売得残金を控除した残額に、同(二)で認定した公示催告費用を加えた額を下らない(右の計算関係を一覧表にして示せば、表2のとおりである。)。

5  《証拠省略》によれば、野村証券は、昭和四九年九月三〇日、原告との間で、次のとおりの内容の運送保険契約を締結したことが認められる。

被保険者 野村証券

保険期間 昭和四九年一〇月一日午前零時から昭和五〇年九月三〇日まで

保険の目的 野村証券が自己の危険負担及び計算で運送する貨紙幣、小切手及び有価証券その他これに準ずるもの

輸送用具 鉄道貴重品扱

てん補する損害 運送中及び運送に附随して野村証券の日本国内所在全事業所において保管中又は作業中の危険に因って生じた損害(盗難に因って生じた損害も含む。)また、保険の目的に関し、被保険者により、合理的に支出された公示催告、除権判決、有価証券の再発行に係る費用もてん補される。

保険金額

株券 発送日の前日における東京証券取引所の公示する最終価格を額面表示株数に乗じて得られる金額

受益証券 発行価額

収益分配金交付票 収益分配金確定額特別の法律により法人の発行する債券

額面金額及び経過利子相当金額

6  《証拠省略》によれば、原告は、昭和五〇年一月八日、野村証券に対し、前記5の保険契約に基づき、本件盗難事故によって生じた損害をてん補すべき保険金として合計金四〇四五万七五二三円を支払ったこと、その後、右金員のうち金八三万六〇七八円は、本来右保険契約によって支払われるべき保険金ではなかったことが判明し、野村証券は、昭和五〇年一月一三日ころ、原告に対し、これを返還したこと、番号22及び26以外の本件各有価証券が本件盗難事故にあったことによって生じた損害をてん補するために支払われた保険金の額は、右各有価証券それぞれについて、別紙目録4のとおり(ただし、番号22及び26の各有価証券に関する部分を除く。)であること、原告は、昭和五〇年二月一七日、野村証券に対し、前記3の(二)の公示催告費用をてん補すべき保険金として金三二万九七五〇円を支払ったことが認められる。

以上の事実によれば、原告は、番号22及び26以外の本件各有価証券につき、それぞれ支払保険金額の限度で、それが本件盗難事故にあったことにより野村証券に生じた損害について野村証券が被告に対して有する賠償請求権を代位取得したことになる(詳細は、表2のとおりである。)。

なお、原告は、右の点に関し、支払保険金額よりも野村証券の損害額が少ない有価証券があるけれども、本件各有価証券を全体として過不足計算すれば、支払保険金額は野村証券の損害額を下回っているとして、支払保険金の合計額の限度で権利を取得した旨主張する。しかしながら、損害額、支払保険金額とも、個々の有価証券ごとに観念できるものである以上、本件各有価証券を全体として過不足計算することが許されると解すべき法的根拠は存せず、原告の右主張は理由がない。

八  請求原因14の事実は、当事者間に争いがない。

九  以上判示したとおりであるから、原告の本訴請求は、表2の代位取得債権額欄記載の金額及びこれに対する支払催告の日の翌日である昭和五〇年一二月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、原告は、番号19の2の有価証券については、金七九九五円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めているにすぎない。そこで、右有価証券については、右金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で、他の有価証券については、表2の代位取得債権額欄記載の金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で、本訴請求を認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書を、仮執行宣言について同法一九六条一項を、同免脱宣言について同条三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 池田克俊 裁判官 山口裕之)

〈以下省略〉

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